信号が人を左右する

とあるゲイの雑記です。何も遺せないので、せめて思ったことくらいは

LCCが航空業界に与えた影響

こんにちは。うれたんです。

 

LCC(Low Cost Carrier、格安航空会社)ってありがたいですよね。家計にやさしい。貧乏な僕には神のごとき存在に思えます。

ただ、既存の航空会社に与えた影響はどのようなものだったんでしょうか。勉強しました。

 

 

影響について

LCCは破壊的イノベーションの一例として考えることができます。

クリステンセン[2003]によると、破壊的イノベーションには二種類あるとのことです。『ローエンド型破壊』と『新市場型破壊』です。以下、その特徴を簡単に述べます。

  • 『ローエンド型破壊』:本来のバリュー・ネットワークのローエンドにいる、最も収益性が低く、ニーズを適度に満たされた「過保護にされた」顧客を攻略するもの
  • 『新市場型破壊』:「無消費」、つまり消費のない状況に対抗するもの 

これを踏まえた上で、果たしてLCCは既存の航空会社に対し破壊的であったのかと考えると、やはりそうであろうと思います。特に、ローエンドにいる顧客を奪い取ったと考えられるため、ローエンド型破壊の性質を濃く持っていると考えられます。

また、既存の航空会社は運賃を安くするか、あるいはLCCが劣るサービスの面で対抗したのではないかと予想できます。

 

LCCが台頭してきた背景

世界的に見たとき、LCCの台頭してきた理由の最も大きなものはアメリカのオープンスカイ政策であると言えます。

シカゴ・バミューダ体制

国際定期航空路線の開設には国家間で「航空協定」を締結する必要があり、こうした二国間協定に基づいて支えられている国際空運制度は「シカゴ・バミューダ体制」として戦後一貫して維持されてきました。1944年にアメリカのシカゴで開催された「国際民間航空会議(通称:シカゴ会議)」に現代の国際民間航空の制度的枠組みの基礎を求めることができます。

この会議のもたらした成果は3つに大分されます。

第1に「国際民間航空条約(通称:シカゴ条約)」の締結です。

これは、締約国の国家主権がその上空および外国の上空はその国の承認がない限り飛行できないという、完全かつ排他的な領空主権を確認したものです。

第2に、「国際航空業務通過協定」を作成、締約国の航空企業に上空通過と技術着陸の権利を相互に許与することを認めたことです。

第3に、「国際民間航空機関(International Civil Aviation Organization:ICAO)」を設立したことです。

これは、民間航空の安全と発展を目標とする国際協力機関で、国際連合の専門機関の一つとなっています。2002年時点で188ヶ国が加盟しており、ICAOが採択する付属書は、シカゴ会議を補足する細則として各国の航空行政の世界的標準化と統一に大きな役割を果たしています。

しかし、シカゴ会議では、国際航空の実際の運営に必要な路線権、運輸権、輸送力に関して多国間の合意を得ることができませんでした。

背景にはイギリスを代表とするヨーロッパ諸国が競争制限を主張したのに対し、アメリカが自由競争を主張し、両者の対立が厳しかったためです*1

そこで、アメリカとイギリスの妥協の産物は、特定2国間の航空関係を律するもの(双務協定)、1946年のバミューダ協定として結実しました。このように、シカゴ条約とバミューダ型の2国間航空協定によって支えられている国際空運制度を総称して、一般に「シカゴ・バミューダ体制」と呼んでいます*2

アメリカのオープンスカイ政策

さて、アメリカのオープンスカイ政策(航空市場開放政策)とはどのようなものであったのでしょうか。

アメリカが目指したのは2国間協定の改定による自由化でした。これは「足がかり戦略」と呼ばれています。たとえばヨーロッパの一国とアメリカの間の協定の改定により、幅広い価格決定の裁量権を航空企業に与えると、その国へ貨客が大量に流れ込みます。その国がヨーロッパ最大の玄関口となることを恐れ、周辺国はアメリカとの自由化協定を受け入れざるを得なくなる、というものです。

こうした政策の背後には、アメリカ航空企業のシェア拡大要求があったと言えます。長年の経済的規制により低下した国際航空市場におけるアメリカ企業のシェアを競争的な市場環境によって奪い返すという目的があったのです。こうした政策目的を遂行するため、アメリカは国際航空輸送競争法を1980年に制定しました。これにより、対ヨーロッパの場合、自由化協定を結んでいない国と比較して輸送量は増大し、運賃は低下したとされます*3

サウスウエスト航空に見る事例

LCCの先駆けとなったのはアメリカのサウスウエスト航空でした。

9.11テロの発生、また戦争の勃発とそれに付随し厳重になった搭乗前検査の不便さ、重症急性呼吸器症候群SARS)や鳥インフルエンザの流行等により、世界の航空需要は低迷していました。

既存企業が苦しむ中、サウスウエスト航空は1971年の創立以来2011年の燃料高騰まで黒字を続けていました。果たしてなぜこのようなことが可能だったのでしょうか。

航空産業の特性

航空産業一般の特徴として、8つほど挙げることができます。

  1. 航空需要は景気の動向に左右されやすく、世界や各国経済の周期的変動に大きく影響されるほか、1年の中でも季節、休暇パターン、また曜日や時間帯による変動も著しいこと
  2. 長期、短期とも航空需要の変動が大きい一方で、機材調達や要員育成には多くの時間と資金が必要なため、柔軟でタイムリーな対応が困難なこと
  3. 費用構造の中で固定費が大きく、また航空機燃料や空港等の使用料、税など企業自身のコントロールが困難なコストの比率が高いこと
  4. 限界費用が低い中で、在庫がきかず差別化困難という航空サービスの商品特性上、航空企業はシェア重視の競争に走る傾向があること
  5. 他産業に比べて政府の関与度が高いこと
  6. 天候の変化、社会情勢や空港インフラの状況に左右されやすい脆弱性
  7. 強力な労働組合
  8. 既得権となっている混雑空港の発着権など競争条件の不均衡

という点です。

既存航空会社とサウスウエスト航空のビジネスモデル比較

既存航空会社のビジネスモデルは、1978年の規制緩和以降アメリカン航空のボブ・クランドール氏が開発・確立したビジネスモデルが主となっています。このビジネスモデルにおいてもっとも重要視されるのがネットワーク拡大です。

複数の拠点(ハブ)空港を中心に路線を集中させ、乗り換えてもらうハブ・アンド・スポーク方式が導入され、限られた機材、人員を効率的に使います。

運賃については規制下での「供給コストをベースにする運賃体系」に代わり、「消費者側の価値をベースとする運賃体系」に代わりました。

これにより、消費者の選ぶ利用条件次第で様々な割引運賃が導入されました。その一方、商品をストックできないという航空ビジネスの特徴を念頭に、「イールド・マネジメント」*4の手法が取り入れられました。その結果として、新規需要も喚起され、アメリカ経済にも大いに貢献したと言われます。

 

逆にLCCサウスウエスト航空のビジネスモデルは乗り換えなしの直行路線を基本とします。サービスレベルは既存企業に劣る部分があるものの、運賃の安さ、わかりやすさは勝っています。特徴として、ポイント・トゥ・ポイントの路線を用い、かつ空港使用料の安いセカンダリー空港を使用、旅客へのサービスを基本運賃から切り離し、チケットは直接の販売をするなど、徹底的なコスト削減が図られていることが挙げられます。

以下、既存航空企業とサウスウエスト航空のビジネスモデルの比較を図示しました。

 

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*5

サウスウエスト航空は既存航空企業にとって破壊的であったのか

以上のことを踏まえるとサウスウエスト航空は破壊的イノベーションを引き起こしたと考えられます。では、それはどういった破壊であったのでしょうか。

サウスウエスト航空のコンセプトとして、「空飛ぶバス」というものがあります*6

これは、今まで陸上をバスや電車で移動していた人々を飛行機に乗せようという発想でした。この発想は、新市場型破壊のそれと考えられます。つまり、飛行機というものに対し無消費であった人々に需要を発生させようとしたのです。

また、サウスウエスト航空は既存の航空会社のローエンドにいた顧客をも奪いました。このことから、ローエンド型破壊も―意図してなのか意図せずなのかはわかりませんが―引き起こしたと言えます。クリステンセンはサウスウエスト航空に対し、2つの破壊の混成、ハイブリッド型破壊者であったと述べています*7

したがって、サウスウエスト航空は既存航空企業に対し破壊的でした。既存企業は対応策として事業コスト削減、対価(運賃)に見合う高品質サービスの提供といった形でLCCとは別市場での生き残りを図っているようです。

日本の航空業界について

これまで、サウスウエスト航空を例に米国での航空業界について述べてきましたが、果たして日本においてはどうだったのでしょうか。

日本におけるLCC

世界的不況と東日本大震災の影響にあえぐ中、2012年に日本にもLCCが誕生、運航を開始しました。Peach Aviation(以下ピーチ)とエア・アジア・ジャパン社(現在はバニラ・エアを経て、ピーチに統合)とジェット・スター社です。

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上の図を見ると、平成19年の燃油価格高騰、20年のリーマンショックによる世界的な景気後退以降、国内線の航空需要は減少してきたことがわかります。加えて、23年(2011年)には東日本大震災が起き、さらに減少しました。

しかし、2012年、LCCが誕生した年には需要の回復が見られます。ここから、LCCが国内の航空需要の回復に影響を与えたのではないかと推察できます。

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*8

 

また、上図を見ると、2013年9月時点ではLCCが国内線の旅客数に占めるシェアは6.2%となっており、LCCの需要というのは日本国内において非常に高まっていると考えられます。

 

日本における規制緩和

アメリカでオープンスカイ政策がとられ、航空規制の緩和がなされたように、日本においても段階的に規制が緩和されました。その集大成が2000年の航空法の改正です。これは主に、路線ごとの需給調整を前提とした免許制から事業ごとの許可制への変更、運賃について許可制から事前届出制への変更、運行計画について許可制から事前届出制への変更*9が挙げられます。また、羽田空港の新滑走路供用、成田空港の平行滑走路同時新入による大幅な容量拡大が現実のものとなり、年間発着枠の増大が予定されていました。

こうした路線や便数など乗り入れに関する制限の撤廃は、外国航空会社の日本への新規参入や増便を促し、急成長を続けるLCCにとってはビジネスチャンスが大きく広がります。

LCCの台頭による影響と今後のFSA*10

LCCは日本の国内線のシェアを着実に伸ばしています。

その安さで新たな利用層をつくり、潜在需要を喚起しているところは新市場型破壊のそれですし、FSAのバリューチェーンのローエンドにいる顧客を奪っている部分もあるでしょう。また、LCCにより節約できた航空運賃を、旅行を楽しむ工夫にまわしている人も多いそうです。札幌の人が沖縄に旅行する際に、あえて千歳から成田空港を経由するLCCを選び、乗り継ぎの成田で一泊してディズニーランドを楽しむ費用を捻出した事例もあるようです*11。そういった旅行の幅を広げることにもLCCはつながっているといえます。

さて、FSAについて、ピーチはANA連結子会社であるし、JALはジェット・スターの筆頭株主です。ジェットスターJALマイレージを貯めることもできるし、ANAはピーチと協力体制をとっている部分がしばしば見受けられます。こういった意味で日本のLCCの需要増は既存の航空会社に対してそれほどダメージを与えないのではないかと考えられます。既存の航空会社とLCCの間には協力体制が敷かれており、お互いにシナジーを生み出しているような印象も受けます。

結論

アメリカのオープンスカイ政策を皮切りに世界各地で航空産業の規制緩和が行われるようになりました。その潮流に乗り、アメリカの既存航空会社に対し破壊者となったのがLCCの先駆けたるサウスウエスト航空でした。サウスウエスト航空はローエンド型と新市場型のハイブリッド破壊を引き起こしました。

日本においては主にピーチ、ジェットスター等のLCCがあります。確かに日本LCCも破壊的性格を持っていると思われますが、ANAJALの両者が大株主になっており、破壊というよりはシナジーを生み出しているように感じます。

 

参考文献

 

<書籍>

・クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー(玉田俊平太監修、櫻井裕子訳)[2003]『イノベーションへの解』翔泳社

・村上英樹、加藤一誠、髙橋望、榊原胖夫編著[2006]『航空の経済学』ミネルヴァ書房

・岩見宣治、渡邊正巳[2013]『交通ブックス307 空港のはなし(改訂版)』成山堂書店

・アン・グラハム(中条潮、塩谷さやか訳)[2010]『空港経営 民営化と国際化』中央経済社

・楠木健[2010]『ストーリーとしての競争戦略―優れた戦略の条件』東洋経済新報社

・(株)ANA総合研究所[2008]『航空産業入門―オープンスカイ政策からマイレージの仕組みまで』東洋経済新報社

<ウェブサイト>

・『国土交通省 統計情報・白書』http://www.mlit.go.jp/statistics/index.html

・『内閣府 経済財政政策 白書等』http://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr13/img/chr130102c51z.html

・『国土交通省 政策レビュー 平成16年度 国内航空における規制緩和-改正航空法による規制緩和の検証-』

http://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/hyouka/seisakutokatsu_hyouka_fr_000008.html

・『国土交通省 第10回基本政策部会配布資料 資料1 我が国のLCCの現状と課題』

http://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/kouku01_sg_000099.html

*1:当時第二次世界大戦の戦場となり経済的に欧州諸国が疲弊していた一方、米国は広大な国内市場を背景に発達していたことがこの対立を生み出しました

*2:ここまで村上[2006]p138-143参照。

*3:ここまで村上[2006]p147-148参照。

*4: 供給数量に上限があり、在庫を持ちこせない商品に対し用いられる販売手法(主に航空事業、ホテル事業で使用)。顧客の多寡にかかわらず固定費がほぼ一定の商品の場合、売り切らないと損になる

*5:村上[2006]P.12より筆者作成

*6:楠木[2010]p265

*7:クリステンセン[2003]p61

*8:内閣府 経済財政政策 白書等(https://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr13/img/chr130102c51z.html

*9:こただし混雑飛行場(羽田、成田、伊丹、関空の4空港)は許可制

*10:Full Service Airline:従来型航空会社

*11:石見・渡邊[2013]p56

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